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愛すべきグレー ~ゆっくり君の療育日記など~

療育日記や育児についてです。

「ジュウオウジャーのワクワクサーカスパニック」&「チョコレートドーナッツ」感想

相変わらずツタヤディスカスを継続しています。
「あの曲聞きたいな~」という時にCDを借りたり、
なかなか便利です。

 

先日、子どもへのご褒美(といってもしょっちゅうご褒美
あげてますw)に「ジュウオウジャーのワクワクサーカスパニック」
を借りたのですが。。。


トーリーの粗さにびっくり。
子どもは気にならないだろうけど。
映画館で観ていたらがっかりしているところでした。
カゴメのチャリティー劇場?でも開始10分で大泣きして
退場したので、映画館、行けるのいつの日かなぁ??
(遠い目)

 

 

良作と聞いていたので「チョコレートドーナッツ」。
借りてみました。
ルディのキャラクター、慈悲深い目がとても好感を持ちました。
でも「そんなすぐ好きになる?」とか疑ってしまいました。
でもでも。
そうか、ゲイの方同士のひとめぼれシーンって今までみたことない
(珍しい)からそんな気持ちになったんだなぁと。


あれが異性同士ならあんまり気にならなかったかも。
と思うと、固定概念に縛られている自分に驚きます。
そうか、一目ぼれなんだって思ったら納得できません?



「男同士でイチャイチャしている姿に引いた」
なんてコメントを目にしてちょっと共感してしまった
自分もいるけど、でもそもそも私は男女カップルが
目の前でイチャイチャしていてもいい気分はしない
方なので。いままでも公共の場でゲイの方同士手を
繋いでいる姿を見て、なんとなーくモヤモヤしていたけど
やっと気づきました。

その感情は性差別なのではなく
「公共の場でイチャイチャすることへの不快感」
なのだと。

 


私、今、大手町にたまに出勤しているのですが
そのたびに「“普通”ってなんなんだろうなーーー」
と思います。

オフィス街だけに、みんな黒ずくめ。
スーツではない私はなかなか浮いています。
でも心地いい。

昔、スーツを着ていた時はずっと窮屈だったから。


この映画でも、周りの大人たちは
普通じゃないルディ、ポール、マルコの関係を
異質なものとして扱いますけど。
「普通ってなんなの?」と言いたくなります。
とても難しい問題ですよね。


最近最終回を迎えたドラマ「カルテット」でも
ドーナッツの穴=欠損、足りないもの
の象徴として扱われていて共通点を感じました。


「チョコレートドーナッツ」はポールが弁護士だから
話が成り立っていると感じる点がいくつかありました
(金銭的な面とか)が、ポールとルディ。一見正反対
のように見えるけど、ポールでは成しえないような生き方を

自然としているルディにポールは惹かれたのかなと思います。

 

そしてルディも、幼少期もしかしたらマルコのような淋しさを
感じていたことがあったのかもしれないと考えると、少しだけ
彼らの関係を理解できるのかもしれません。

 

映像という目に見える部分だけ見て、見えないから分からない。
のではなく、(映画だからしょうがないですけどね)その延長線上

にあるかもしれない可能性を考えてみると、この映画はもっと味わい
深くなるのではないでしょうか。
(↑「あまり面白くなかった」と感じている方に伝えたい)

 

 

そして、大事なのは血のつながりなのではなく、
一緒にいた時間や想う気持ちなんだな~と、
歌のシーンや海で過ごすシーン、ハロウィンのシーン
を観て感じることができました。

 

any day naw。

「いつの日にか」という意味だそうですね。
直接的なこのタイトルもいいけど、
「チョコレートドーナッツ」というタイトルもいい。
いつまでも深く深く考えたくなる映画です。