愛すべきグレー ~ゆっくり君の療育日記など~

療育日記や育児についてです。

特別支援学級見学② なんとなく感じた違和感

特別支援学級見学、2校目でした。

 

〇門
自転車を通る用のタラップを警備員さんが開けてくれたのですが、

段差があり「よっこいしょ」と持ち上げる必要あり。

〇学校側の配慮
「見学はこちらです」などの看板などなく、戸惑っていると

警備員さんがたどたどしく教えてくれました。

なんとなくwelcomeな雰囲気がない。

 

〇先生の様子

教室に入ると女性の先生オンリー。
親が見に来るからか、小奇麗な服装をしている。

上履きにお高いオシャレスニーカーを履いている。

例えば子どもが踏んでしまって汚してもいいのかなぁ。

汚い手でその白いシャツに触れたら嫌な気持ちはしないのかなぁ。

全力で子どもと接することはできるのかなぁとモヤモヤっとしました。

他校の、潔くジャージで動き回る先生の方が好感度ありました、個人的には。

 

〇授業の様子

朝礼、はじまりの挨拶、おわりの挨拶など都度都度挨拶をしなければならず

「自分が子どもの頃はこんなにしなかったけどなぁ」と思いながら眺める。

「椅子をしまう」「姿勢よく」など、細かい部分にも都度先生から注意が入る。

もちろん大事なことだけど、注意されたことに対して出来たのなら褒めてあげてほしかった。

 

〇教室の雰囲気

女性の先生が多かったせいなのか?全体的にふわーっとした雰囲気。

朝礼が終わり、5週校庭を走りに向かう際も、なんとなくだらだらっとはじまり

だらだらっと終わる。見学者がいるのに緊張感がなく見えた。

 

 

特別支援学級、複数校見ることの意義

やはり複数見ることで比較になるので、学区域外の学校も余裕があれば

ちらっとでも見ておくといいと思います。

自分たちが入学予定の学校のレベルがおのずと見えてくるからです。

 

私個人は、こういった小さな違和感をとても大事にしています。

人にしろ、会社にしろ、学校にしろ、こういった小さな部分から

見えてくることはたくさんあると思うのです。

というわけでかなり参考になった見学でした。

 

療育仲間とどう付き合う?失敗しない付き合い方、トラブルを防ぐ方法は?

自分の子どものフォローやケアももちろん必須ですが、
療育仲間のお子さんのケアもする必要がある場合があります。

 

〇療育っ子同士、遊びようになったとき

やはり凸凹があるもの同士、うまく遊べなくても同じ場で遊びたいと

思うことはすくなからずあるようです。ただ、療育っ子は繊細だったり、

こだわりが強かったりすることが多いのでママ側も気を付ける必要が

あります。

 

〇療育仲間をどうケアして上手に遊んだらよい?

「誰かが機嫌が悪くなったらそこで帰るようにしよう」

「〇時になったら帰ろう」と事前に伝えておくとよいでしょう。

また、子どもを遊ばせている間につい子育ての愚痴をママ同士

話したくなりますが、子どもはしっかりきき耳を立てています。

「自分のことを言われている!」と機嫌が悪くなってしまうことも

あるので、話す場合はこっそりと。

 

また、誰かを偏ってほめ過ぎたりしない。
やっぱり子どもはママが大好き。自分じゃない誰かを褒めているのが

イヤ、自分じゃなくて別の子を見ていることがイヤになってしまうこともあります。

「自分の子供だけ褒めるのも周囲の目が心配」と思う方もいるでしょう。

私は「全員褒めるキャラ」を演じています。

自分の子どもも褒めるし、他人の子どもも全力で褒める。

ちょっと褒めただけで、療育っ子の目がキラキラ輝いていくのが

とてもかわいいな~と思います。

 

 

〇ママ達で自作療育をしてしまおう!
「A君と遊びたい」「僕はB君と遊びたい」と意見が分かれてしまう

こともしばしば。そんなときにはママがたくさん代弁してあげましょう。

「じゃあC君を誘ってみたら?」

「じゃあA,B,C君みんなで遊んだら?」
など新しい考えを提案します。

子どもも「なるほど!」と賛成してくれ、楽しく遊べるようになります。

 

ちょっとしたトラブルで喧嘩。そんな時は

「嫌だったね」と十分気持ちを受け止めたうえで、

「でもね」と相手の気持ちを説明するとよいでしょう。

でもまだ説明しても分からない年齢であれば、とにかく

ぎゅっと抱きしめてあげる。それだけパワー充電して

復活する子は多いとおもいます。

 

 

〇療育仲間との出来事は療育先にも報告しよう
「公園でこんなことがありました」

「一緒に帰る道すがらこんなことができるようになりました」

小さなことでも報告すると、療育先の子どもへの理解が深まります。

私自身、積極的に報告するようにしています。

 

 

 

 

療育やり過ぎの弊害?

「療育回数をもっと増やしたい」と焦っていた時期もありましたが、
今は気持ち的に落ち着いています。

 

周りを見ると毎日のように療育に通っているご家庭もあります。
自治体によって制度がまちまちのため、通い放題のようになっている
自治体もあるからです。

 

ただ傍からみて感じるのは、子どもがイライラする、すぐキレるのは
療育のやりすぎで疲れているのも一つの要因では?と思うこともあるということ。

ママは送迎、待機またはグループミーティングなどありますが何より子ども本人は

知育的なことをやったり、苦手なことを頑張ったり。何より

とても頑張っているということ!

 

ぜひお子さんをたくさん褒めるとよいかと思います。


療育に通っているママでも「あまり子どものことを褒めていないな」と
思うママもいます。そのお子さんのことをちょっと褒めてあげると、
とても本人は喜んで、機嫌が悪いのも吹っ飛んでいる子もいます。


「自分的には十分褒めているつもり」という方でも、

 

・・・例・・・

・「やめて」と言った行為をお子さんがやめたら褒める

・お友達におもちゃを譲ったら褒める


など実は褒めるタイミングはたくさんあるんですよね。
これをやるだけで、子どものそのあとの行動はかなり変わってきます。

(私自身、実感としてあります)

 

また、

「〇〇しなかったら〇〇できないよ」
という言い方をするママも未だに多いですが、
「〇〇できたら〇〇しようね」と言うようにした方が断然良いです。

 

細かいですが、子どもへの接し方一つひとつを変えるだけでも

子どもの行動が変わってきます。

療育に通いすぎて、子どももヘトヘト、ママもヘトヘト。

お互いイライラしてぶつかって、喧嘩してだと
時に逆効果のこともあるのかもしれません。

 

通園している子であれば、園に通っているだけでも十分いろいろと
頑張っています。最低でも平日の1日、親子でのんびりできる

時間があるといいのではないかと思います。

 

例えば我が家は年中で療育に行っていますが、終わると帰宅は

18時過ぎ。どうしても寝る時間が早くできず、翌朝機嫌が悪い日も

多いです。そんなときは泣くだけ泣かせてあげてスッキリさせてあげたり、

「昨日頑張ったからご褒美だよ」とご褒美をあげたりすることも。

 

 

24時間真面目に頑張るなんて大人でも無理。

子どもにも気持ちの抜きドコロを意識的に作ってあげたいものですね。

 

 

特別支援学級を見学して感じたこと&特別支援教室のカギは保護者?

某小学校の特別支援学級公開日。
5分前くらいには5~6人は集まっていた。

生徒人数の1/4ほどの教師がいて、きめ細やかに見て貰えている印象。
体育の授業では、体育座りが出来ない子が多い。
ピシッと並べない。全体的にフラフラしている子が多い印象だった。


はじめに5分ほど走る。
見ている方とすると、長い5分。

「子どもも大変だな~」と思う。
身体を動かしている分には問題なさそうに見える子も幾人かいた。

 

20分休みを挟んで、次は教室で授業。

自分が子どもの頃にはなかった、大画面を使った授業に「へー!」となる。

普段は個別授業だけど、グループといって複数生徒がまとまって受ける
授業が公開とされていた。

子どものレベルに合わせて、さりげなくその場で問題を作る先生。
さすが。

授業の中で勉強になったのは
「おへそを先生の方に向けてください」

「丁寧な文字で書いてください」

という指示。「前向いて」とか「こっちだよ」と言ってもどうも
息子には通じづらく困っていたので、今度からおへそを活用しよう
と思った。

 

特別支援級についての情報はたくさん読んできたけれど、やはり

自分の目で見て初めて分かることはたくさんあると感じた。

 

 

 

 

翌日は友人に誘われて、これまた某小学校で支援学級についての講座。
来年度から校内に支援学級が作られるからである。

ちょっと驚いたのは「特別支援学級導入について、カギが保護者です」と

言い切ったこと。まず保護者への理解が必要なんだと感じた。
たしかに保護者の間違った理解や偏見が子どもにも伝わり、
「なんで特別なの?」とかそういう方向に行ってしまうのだと思う。

 

教師も多く講座に参加していたようなのだが、比較的年配の教師が

支援教室に対してまだ理解できていないことから発生される発言をしていて、

保護者の前にさらに教師への理解が言わずもがな必要!と思ったのでした。

そうはいっても、私たちが小学生のときよりきめ細やかだよね。
スクールカウンセラーなんてあの頃はいなかったし。

 

 

感覚過敏な子にキウイをちょっと食べさせ過ぎたら大変だった話

ゆっくり君が珍しく「キウイ食べたい」というので

喜んで剥いてあげました。
丸々1個食べて、さらにおかわりを要求。
小さいサイズを追加で「大丈夫かな?」と思いながらも
与えてみました。

少し経って様子がおかしいので、本人に聞いてみると
口の中を開けて「んがんが、、」と。
キウイで喉が腫れてしまうことがあるという話を聞いたことがあり、
母もメロンを食べると喉がイガイガすると言っていたので
「喉が痛いの?口のなか?」と確認。

でもどうやら舌が痛いとのこと。
急いでスマホで調べながら、対処。

【対処結果】
・甘いお菓子を食べさせてみる→×
・スナック菓子→×
・うがい→△
・飴→△
・温かい飲み物を飲ませる→〇


うがいは一旦は「治った」と言ったものの、また痛いと
訴えるようになってしまいました。飴も同様。
アレルギーのある子の場合には、キウイには熱を加えてからあげると
いいと書いてあるものをみつけたので温かいコーンスープを飲ませたら
ようやくよくなったようでした。


我が家の場合には、アレルギーというより感覚過敏が原因かなと
感じています。もちろん、少し食べ過ぎてしまった点も否めませんが。


皆さまもどうかお気を付けくださいませ。


「様子を見ましょう」という言葉の危うさ

我が家は自閉症スペクトラムだけれども、
幼稚園の先生も「もう少し様子見ましょう」と言うレベルの子も
なかにはいる。

でも悩みがあるなら、

療育に行く、相談機関に相談することに損はない、と私は思う。


お友達ママのお子さんにも様子見な子がいるけれど。
でも私が療育を勧めたところで、「うーん」となるに違いない。
だから言わない。言えない。やっぱりママ自身が「通わせたい」と思わない限り、
響かないだろうから。

万一、相談してみて「療育は必要ない」と言われたとしても。
相談歴などは残るから。後々何かあったときに使えるものとなるだろう。

私は誰からも言われていない段階でもずっと
発達障害があるのでは?」と心配で、ベテランママ友にも

相談してみたけれど「ゆっくり君は大丈夫だよ」と言われた。
が、大丈夫じゃなかった。まだ2歳だったし判断が難しかったかもしれないけれど。

 

結局、専門家じゃないと分からない。
保健センターの人や、一般の人は誰しも「大丈夫だよ」と口を揃えて言った。
でも専門家はパッと見て、断言してくれた。
あの瞬間、私は「救われた」と思った。
今までは「様子を見る」ことしかできなかったから。

1歳半健診からずっと「様子をみましょう」と言われてきて、
大真面目に様子を見ていたけれど、何の知識もない素人が様子をみていたって
仕方ない。定期的に専門家に診てもらうなどすることが本来の「様子をみる」

なのではないかと思う。

ただ「様子をみましょう」と言われると勝手に良い方に考えてしまう。
だから「様子をみましょう」って場合によっては危うい言葉ではないかと思う。

 

療育は子どものためでもあるけれど、何より「親のため」でもあることをもっと認知されるべき。

療育を約10カ月続けてきて感じること。
私自身も、はじめは療育の意味、効果について疑問視する部分もあった。
10カ月経過した今感じるのは、子ども以上に自分にとって意義があること
であったなということだ。

療育により様々だと思うが、子どもが療育している間に

親(主に母)がグループミーティング?を先生としたり、

療育後に先生と話す時間が設けられている。これが重要。

 

 

 

初期は「め、めんどくさい」「何を話せば」などの感情が
渦巻いていたけれど、

・子どもの状況を伝える
・困ったことを話す
がメイン。

 

(1)毎週話さなければいけないから、自然と
子どもを観察し、観察上手になってくる。

(2)「こんなことについて困っています」
→この時はこういう風に声がけする、対応してあげる
とよい、と先生がアドバイスしてくれるので「困り感」が減ってくる。

(3)親の対応が上手になるから、子どもの困り感が更に減る。


こういう図式である。



私達は、褒められて育てられた世代ではない(そういうご家庭も
あるとは思うが)のである種「褒め下手」だし、サザエさん
ドラえもんクレヨンしんちゃんを見ていた世代は、何かあれば
「コラー!」と言えばいいのではないか?とすら思いがち。
私自身、気付けば怒鳴ることしか育児知識がなかった。
というより無意識にそう蓄積されていた。

 


そんな私達親側に「育児観」を修正することが何より大事であり、
子どもにとっても与える影響は大きいと感じる。



九九や元素記号は習ったけれど、「子どもの育て方」なんて
教わったこともないのに、産まれてしまえばその瞬間から親になる。
産めよ育てよと言われても、「産まない」を選択した人のなかには、
何よりそのプレッシャーに耐えられない人も少なくないのではないかと
私は思う。(私自身も子どもが産まれた瞬間、喜びと共に「ど、どうしよう」
という気持ちが50%を占めていた)



「療育なんて意味ないし」
「療育なんて遊ぶだけでしょ」
「療育に通うことで子どもにレッテルを貼りたくない」
という考え方もあるけれど、
一定期間通ってみて本当に意味がなかったと感じたらやめればいいし、
公園で遊ばせるよりも心理士さんがつきっきりで遊んでくれるのだから
安心だし、「療育に通っています」と公言しない限り周囲も気づかない。


なんとなく習い事をやらせてみる。
という選択肢があるなら、
なんとなく療育をやらせてみる。
という選択肢もあっていいのではないだろうか。
何より、受けたくても受けられない人だって大勢いるのだから、
もし「受けられる」ということになったのであれば。

「なんとなく療育」という響きはよくないかもしれないけれど、

不安感たっぷりの親側にとって「入り」は「なんとなく」という気軽な
感じでもいいかと思う。

 

療育の世界は入ってみないと分からないものだ。

私が入ってから気づけたことは、
(子ども側のメリット)
*似た立場の子と少人数で遊ぶことができる
*気の合う子が作りやすい
*先生が子どもの気持ちを代弁してくれる
*遊びのなかでさりげなく「人との適切なかかわり方」を教えてくれる


(親側のメリット)
*同じ悩みを持つ人と出会うことができる
*先輩ママから情報を得られる
*話すことでストレス発散
発達障害について知識を深めることができる



最近、私の周りの小学生の子を持つママが軒並み
「あの時療育に通わせていれば」と口々に言っている。
療育は就学前までしか受けられないのだ。

本当にグレーで知識のある園の先生すら気づけなったという場合もあるけれど、
少しでもおや?と思うことがあれば、積極的に療育参加に向けて動いても
けっしてムダでないと思う。